2017年10月 8日 (日)

多摩動物公園のオランウータン

先週、献花に行ったとき、
しばらくジプシーさんの写真などを見ていて
展示場に目を向けることができなかったのですが
室内の放飼場にはすごいメンバーが出ていました。

キキさん&リキ君、ジュリーさん&チェリアちゃん、
そして、なんとバレンタインさんが一緒に出ていたのです。

写真は撮らなかったのですが、
リキ君とバレンタインさんが一緒に遊んでいるところも
見られました。

「多摩動物公園 動物新聞10月号」にも
バレンタインさんのことが書かれていました。

当初はまわりのおとなたちは心配そうに見ていたそうですが、
2頭のペースにまかせたら、
今ではレスリングごっこなどもするようになり、
バレンタインさんは他のメンバーとも距離が近づいているようです。

11時半ごろになり、キキ&リキ親子がスカイウォークに行くと、
メンバーチェンジまでの少しの間、
室内にはジュリーさん、チェリアちゃん、バレンタインさんが残りました。

実の母と育ての母が一緒にいるなんて、ドキドキしちゃいました!

なんとなく、バレンタインさんの方が逃げ腰な感じに見えましたが、
距離を保って、何事もなくそれぞれお部屋に帰っていきました。

今後、この3頭がどう関わっていくのか気になりますね。

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入れ替え中で誰もいない室内放飼場を
のぞき込んで見ているチャッピーさん。
ジプシーさんを探しているのかな、なんて想像してしまいます。

Dsc_0797
飛び地で野生化(?)していたキキさん。

なんとなく、みんな、時々、
寂しそうに見えたときがあったのですが、
それは、こちらがそう思っているからかもしれません。

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ミンピーちゃんはジプシーさんのステキなところ、
たくさん受け継いでいると思います。

Dsc_0891
ジプシーさんにとって、「元気の源」だったリキ君。
きっと、ジプシーさんからいろんなことを学んでいるはず。

Dsc_0898
いつもジュリ-さんを見守っていたジプシーさん。
きっとこれからも、見守り続けるでしょう。

この日はあまり他の動物を見る気持ちになれなかったので、
ドングリを拾った後は動物慰霊碑に行き、
ターキンなどを移動途中にチラッと見る程度で帰りました。

次回は、またじっくりと観察しに行きたいと思っています。





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2017年10月 5日 (木)

多摩動物公園 ジプシーさんの思い出

しばらくいろいろと立て込んでいて
多摩にも行けていなかったのですが、
まさか6月に見たジプシーさんが最後になるなんて
思ってもいませんでした。

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(2017年6月撮影)

Dsc_7942
(2017年6月撮影)

リキ君と遊ぶジプシーさんは、とても楽しそうでした。

過去に撮影した写真を見返してみましたが、
私の中でとても印象に残っている場面は、
2015年1月に行われた還暦のお祝いでの1コマです。

Photo_27
(2015年1月撮影)

ジプシーさんがケーキを食べていたらリキ君がやってきて、
ジプシーさんがリキ君に気をとられているうちに
いつの間にかジュリーさんにケーキを取られてしまった場面。

「ケーキ取られちゃったじゃないの!」と言っているかのようなジプシーさんと、
ちゃっかりケーキを食べるジュリーさんの表情がなんともいえず
とても幸せそうな場面でした。

その日のブログ記事はこちら

こんなジュリーさんを見て、
きっとジプシーさんは嬉しかったと思います。

静岡から戻ってきたばかりの頃のジュリーさんは、
ジプシーさん以外とは同居できなかったそうです。

それには、たぶん、幼い頃の出来事も影響していると思います。

『オランウータン わんぱくっ子とおかあさん』(ポプラ社)によると、
ジプシーさんの長女ジュリーさんは、
1歳半ぐらいのときに、一時的にジプシーさんと
引き離されてしまったそうです。

ジプシーさんに早く次の子どもを産んでほしかったので、
麻酔をかけて引き離してしまったのです。

2頭は同じ園内にいながらも会えず、半年後に再会しました。
2頭は近くで遊ぶものの、お互いかけよったりすることはなく、
嬉しそうな様子もなかったそうです。

その後、また別々の部屋に帰るのですが、
ジプシーさんは、自分の部屋ではなく、
ジュリーさんが住んでいる部屋へ飼育員さんを引っ張って行きました。
通ったこともない道なのに。

きっと、ジプシーさんは、
ジュリーさんにすごく会いたかったし、
再会できて嬉しかったけれど、
人間の事情を察して我慢していたのではないかと思います。

でも、幼いジュリーさんには人間の事情なんてわからないので、
(幼くなくても人間の事情なんて普通はわからないと思いますが
ジプシーさんはわかっていたような気がします)
お母さんと引き離されてしまったことはトラウマになったと思います。

ジュリーさんは1981年にジャック(現:旭山)を産んで育てましたが、
その後お子さんは誕生しておらず、
2001年4月に日本平動物園へ移動となり、
2005年5月に多摩へ戻ってきました。

日本平動物園内で配布されているフリーペーパー
『でっきぶらし』(164号 2005年03月)でジュリーさんについて、
「なかなかこちらに心を開いてくれず、
少し心を許してくれたかと感じるようになったのは
3年以上もたってからです」と、当時の飼育担当者が書いています。

『オランウータンのジプシー』(ポプラ社)によると、
ジュリーさんが多摩に戻ってから、2頭を一緒に放飼場へ出すときは、
ジュリーさんが安心して出てこられるように
いつもジプシーさんが見守っていたそうです。

その後、キキさんが来園しますが、
ジプシーさんがいつも一緒にいてくれたので
ジュリーさんはキキさんとも一緒に外に出られるようになり、
やがてリキ君と遊ぶ姿も見られるようになりました。

そして、2016年末から2017年にかけて、
ジュリーさんには大きな変化がありました。

チェリアちゃんを育てるという「役割」というか、
「生きがい」ができてからは、
チェリアちゃん中心の生活が始まりました。

ブログ内関連記事はこちら

チェリアちゃんが来た経緯を知らない来園者は、
2頭を本当の親子だと思って見ていますし、
「やっぱり自分の子はカワイイのかしらね~」
などという声も聞こえてくるほどです。

そんなジュリーさんを見て、ジプシーさんは
「ジュリーは、もう大丈夫」と安心したのかな。

そしてリキ君も、チェリアちゃんだけでなく、
チェリアちゃんの母親であるバレンタインさんにも積極的に近づき、
今ではすっかりバレンタインさんと仲良くなったようです。

そんな変化を少し離れたところから見ていたジプシーさんは、
いつもの優しいまなざしでしたが、少し寂しそうなときもあり、
「もう自分がいなくてもみんな大丈夫」って感じていたのかな、
・・・なんて考えてしまいました。

でも、ジプシーさんが残してくれたものは、
みんなの中に生き続け、受け継がれていくと思います。

ジプシーさんがいたから成り立っていたともいえる、
多摩独特のあの雰囲気がずっと続き、
みんなが幸せに暮らせることを願っています。

写真を見返しながら、いろいろな思いがこみ上げてきてしまったのですが、
ジプシーさんといえば、やはり、コレですね。

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(2014年9月撮影)


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(2016年1月撮影 大好きなリキ君と)


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(2017年2月撮影)

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(2017年3月撮影)




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2017年10月 2日 (月)

多摩動物公園 ジプシーさんの献花台

しばらく動物園に行けなかったので
10月になったら多摩へ行こうと思っていたのに、
9月28日の公式ツイッターで悲しいお知らせを見つけ
もうジプシーさんに会えないと知りました。

まだ信じられない気持ちですが、献花に行ってきました。

献花台がいつまであるのか、公式サイト等にお知らせがなかったので、
案内所で聞いてみたところ、いつまでかは決めていないそうで
献花に来る人の状況を見ながら決めるとのこと。

来る人が多ければ長く、少なくなってきたら終わるということで、
短くて1週間、長くて3週間ぐらいでは・・・とのことです。

Img_0119

Img_0124
こちらの台には、寄せ書きの紙が置かれています。

Img_0115
この出番表がかけられることは、もうないなんて・・・。

あまりに突然のことで、敬老の日のお祝いに
行けなかったことが心残りです。

Img_0122

献花台の端っこに、このバケツが置かれています。
園内で拾ったドングリを入れると、動物たちのエサになるそうです。

ドングリは正門から坂を上がってくる途中に落ちていたのですが、
私はオラン舎でバケツのことを知ったので、拾ってきませんでした。
どこかに落ちていないか少し戻ってみたら、シフゾウ広場にたくさん落ちていました。

園内に落ちているドングリを拾うことが動物たちの役に立つなら、
いくらでも拾っちゃいます(^^)。

ジプシーさんへの感謝の気持ちをこめて、集めたドングリをバケツに入れました。


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2017年9月18日 (月)

リガ動物園のポストカード

しばらくブログを更新できそうにないのですが、
ステキなポストカードをいただいたので写真だけ。

Img_0113

特に、ヘビクイワシのカードがツボでした♪


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2017年9月 7日 (木)

動物園からサーカスへ移動となったゾウ

前回の続きです。

オレゴン動物園で誕生したLook-Chaiというゾウに関して、
その後どうなったかの情報は見つからなかったので、
「Hanakoは4頭産んだ」という情報から
生後すぐに死亡しなかったゾウを調べたら、
Sabuという名前のゾウがいて、おそらくこれがLook-Chaiと思われます。

1982年に生まれたSabuは、1984年にサーカスへ移動となり、
2010年に引退した後は、PAWS(Performing Animal Welfare Society)の
Sanctuaryで暮らしていました。

PAWS(Performing Animal Welfare Society)は、
非営利の飼育野生動物保護団体のようです。

Sabuがなぜサーカスへ移動となったかは
資料が見つかりませんでしたが、
ブリーディングローンだったのかもしれません。

例えば、オレゴン動物園で2012年に誕生したLilyの所有権も
当初は「Have Trunk Will Travel」という会社が持っていたようです。

「Daily Beast」(2013年2月13日付)の
「Elephant Calf Lily Rescued by Oregon Zoo」という記事によると、
父親Tuskoの所有権を持っていたこの会社との取り決めで、
2番目、4番目、6番目の子どもの所有権は「Have Trunk Will Travel」が
持つことになっていました。

しかし、オレゴン動物園がLilyとTuskoの所有権を買い取って
Lilyは動物園に残れることになったとのことです。

オレゴン動物園の公式サイト(2013年2月7日付のzoo news)にも
Tuskoはブリーディングローンだったが、
40万ドル支払って2頭の所有権を得たとありました。

Sabuの場合どうだったのかはわかりませんが、
もし、2歳でサーカスへ行かす契約だったら、
そんなブリーディングローンをすること自体とても理解できません。

PAWSには、父親が同じ弟のNicholasもいると書かれていたのですが、
おそらく、血統登録上の名前はNickyとなっているゾウのことと思われます。
Nicholasの母親はサーカスにいたRonnieというゾウで、
Ronnieは、The Elephant Sanctuary in Tennesseeにいるようです。

NicholasもSabuと同じように、2歳になる前に母親と引き離されて、
サーカスでパフォーマンスを行っていたとのこと。
そして引退後、2007年からSabuと同じSanctuaryで暮らしているようです。

2頭の父親Tungaは、Sabuが生まれた後にサーカスへ移動したとのこと。
おそらく、オレゴン動物園に所有権はなかったということでしょう。
Tungaは1996年に死亡していますが、死因は不明となっています。

そして、Sabuは2012年1月11日に29歳で死亡したようです。
Union Democrat(2012年1月13日付)には、
「関節炎によって死亡」(died)と書かれていました。

情報元はPAWSのリリースだったので、
「PAWS PRESS RELEASE」(2012年1月13日付)も見てみると、
「複数の関節に起きた重度の関節炎のため死亡した」とありました。
「succumbed」という言葉を使っていて、
「euthanized(安楽死させた)」とは書かれていません。

でも、おそらく安楽死だろうと思って、さらに調べてみたら、
さらなる「闇」が見えてきました。

PAWSの発表では、「関節炎」となっていましたが、
隠蔽された事実があったようです。

elephant trainer、Dan Koehl氏のブログによると、
サーカスにいた頃のSabuはとても健康で、
関節に問題があるようには見えなかったそうです。
Sabuが引退した理由は、大きすぎてサーカス団での移動が
難しくなったからと聞いている、とのこと。

ブログは非常に長いので全部は読めていませんが、
「アメリカの公的機関によると、
PAWSはSabuの安楽死前後に
結核の検査を法的に要求されていた」とあります。

この件については、「Zoos Matter」というグループが、
追求を行ったようですが、そちらも長文すぎて
すべてを読んではいません。
しかし、PAWSにも「闇」がありそうです。

PAWSでは、結核陽性のゾウがいるにも関わらず、
きちんと対策や治療を行わず、Sabuの感染も隠蔽した・・・ということでしょうか。

他にもいろいろな問題があるようですが、
私が知りたかったことは「Hanakoの息子Sabuがどうなったか」で、
それはやはり、「安楽死」でした。

つまり、オレゴン動物園で飼育されていたゾウが
ここでもまた、安楽死させられていたということです。

Sabuを飼育していた「Ringling Bros. Circus」は、
ここもまた、虐待などの問題があったようですが、
PETA(People for the Ethical Treatment of Animals)の資料には、
National Veterinary Services Laboratories の獣医から
2001年4月16日にはSabuを含めて7頭ものゾウが
「結核陽性」と宣告されていた、とありました。

しかし、適切な対応や治療はされていなかったようで、
その後、関節炎を理由に安楽死させたゾウもいたようです。

結核は、ゾウ同士だけでなく、人とゾウの間で感染するものもあります。

定期的な検査を行うこと、適切な対応や治療が重要となりますが、
アメリカではそれを怠っている施設があり、
感染するゾウも多く、その結果、安楽死も多いのだと思われます。


PAWSが公開したSabuの動画。
とても大きなゾウで、7トンもあったようです。

「Ringling Bros. Circus」は、名物だったゾウのパフォーマンスに対して
愛護団体から圧力があり、上演を中止したことで客離れが進み、
今年5月に廃業したようです。

また海外での「reintroduce」の例などを調べてみたいと思っていますが、
オレゴン動物園のゾウについて、今回調べた内容はこれで終わりです。

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2017年9月 5日 (火)

群れの中に育児をしないゾウがいる場合

オレゴン動物園のゾウについて調べていたら、
「群れ」での育児に関する興味深い例もありました。

Hanakoは4度出産していますが、そのうちの3度は近親交配でした。
(詳細は前々回の記事

母親違いの兄、Packyとの間にできた赤ちゃんは、
2頭とも生後1ヶ月ほどで死んでしまいました。

父親であるThonglawとの間にも赤ちゃんが誕生しましたが、
生後3日で死んでしまったようです。

3頭とも「serious defects」があったと書かれているので、
(1頭は「白筋症」、他の2頭は先天性の欠損)
おそらく、誕生直後から治療等が必要な状態で、
Hanakoが育てる機会はなかったと思われます。

4度目は、Tungaという血縁のないオスとの間に
normalな赤ちゃんが誕生したということで、
そのときの様子が書かれた
「The Social Behavior of Older Animals」という書籍がありました。

Hanakoは育て方がわからないようで、
赤ちゃんに関心を示さなかったようです。

すると、一緒にいた年上のメスは
Hanakoが母親らしいことをしていないことを怒り、
赤ちゃんが授乳できる位置に移動させるために
Hanakoを頭で押したりしました。

それでも再びHanakoが動いてしまうと、
今度は2頭のメス(いずれも育児経験あり)が
授乳できる位置にHanakoを押したりして、
Hanakoの「母性」を目覚めさせようとしたようです。

そして、2週間ほどたつと、
Hanakoの母親であるTuy Hoaは、
赤ちゃんが十分なミルクを飲めていないのを見かねて、
なんと、自ら母乳を出して
赤ちゃんに与えていたというのです。

「Silent Thunder: In the Presence of Elephants」という本には、
Tuy Hoaはもう何年も赤ちゃんを産んでいないし、
関節炎も患っていたのに、
赤ちゃんの欲求を敏感に感じとり、母乳がでてきた、とありました。

そんなことって、あるんですね。
これはかなり奇跡的な例として、他のメディアでも取り上げられていました。

群れの中だったから育つことができた赤ちゃんですが、
2歳になる頃にどこかへ移動になったようです。

どちらの本にも、赤ちゃんの名前は「Look-Chai」と書かれているので、
その後どうなったのか調べてみたのですが、
Look-Chaiという名前のゾウに関する情報は見つからず、
どうやら、「Sabu」という名前に変わっていたようです。

このSabuについて調べてみたところ、
またまた「闇」が見えてきたので、それは次の記事でまとめます。
(少し時間がかかるかもしれません)

Hanakoについては、30年以上ゾウの飼育員として働いていた
Roger Henneous氏のコメントが、Web上でいくつか見つかりました。
以下、主に彼のコメントを参考にしています。

Hanakoは、1997年にPoint Defiance Zoo and Aquariumへ移動となり、
現在もそこで暮らしています。


(2017年4月5日に公開されたHanakoの動画)

Hanakoは予測不可能な暴力的な行動をしがちで、
Roger Henneous氏は命の危険を感じたこともあり、
間接飼育を行っている動物園へ移動となったようです。

Hanakoは難産の末に誕生したようで、
その過程で酸素欠乏状態になり、
それが性格に影響しているのではないかとも言われています。

Hanakoの母親、Tuy Hoaは、
1983年に推定28歳で死亡していますが、
その数年前に、あることで話題になりました。

1980年に靴メーカーの「Danner」が
「Washington Park Zoo(現Oregon Zoo)」から依頼されて、
足の病気を患っていたTuy Hoaのために靴を作ったそうです。

「Danner」の公式サイト(about Danner)に、
靴を後ろ足に履いたTuy Hoaの写真が掲載されています。

しかし、足の状態はよくならなかったようで、
「関節炎で死亡」とのこと。

詳細が書かれた記事などは見つからなかったのですが、
安楽死かもしれません。

オレゴン動物園のゾウについて調べていると、
いろいろなことが気になってくるので、
記事をまとめるのに時間がかかりますが、
次回はHanakoの息子、Sabuについて書く予定です。

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2017年9月 3日 (日)

オレゴン動物園での「繁殖」と「安楽死」 その2

前回の続きです。

2013年に結核の検査を行ったところ、
Packyの息子、Ramaが陽性となりました。

その後、PackyとTusko(オス)も陽性となりました。
Tuskoは、SamudraやLilyの父親です。

3頭には薬での治療が行われ、
RamaとTuskoには治療の効果が見られたようです。

しかし、Ramaの治療がもう少しで完了するという頃に、
足のケガが理由で2015年3月に安楽死させられました。
ケガは、1990年にモートに落ちたことが原因だったようです。

また、2015年12月には、Tuskoが安楽死。
やはり結核の治療は終わろうとしていたのですが、
来園前からあった足のケガが悪化して
大きな体を支えることができなくなったようです。

Tuskoは2005年に来園していますが、
その前はサーカスで飼育されていたので、
各地をまわるうちに足をケガしたのでは・・・とのこと。

一方、Packyは薬の効果が見られず、
他の選択肢がないという理由で、安楽死という決断に。

しかし、足のケガなどはなく、苦しむような症状も出ていなかったので、
飼育員や従業員たちは「Team Packy」として、
SNSなどで、安楽死をさせないための活動を行っていたようです。

それでも、今年2月にPackyは安楽死させられました。

さらにさかのぼると、
1997年にPackyの母親、Belle(45歳)も足の病変が
骨に広がったため安楽死させられたようです。

「California Digital Newspaper Collection
Desert Sun, 2 December 1974 」によると、
父親のThonglawは、足の治療のために鎮痛剤を使用したら
異常反応を起こして倒れこみ、27歳で死亡したようです。

オレゴン動物園は、2015年に「Elephant Lands」をオープンさせました。
6エーカーとのことなので、サッカーグランド6個分ぐらいでしょうか。
$57 millionのプロジェクトとあるので、およそ60億?かけています。

映像だけ見ると羨ましいような環境ですが、
現場の意見が通らないような感じですし、
調べれば調べるほど「深い闇」が見えてきました。

「Oregon Zoo elephant Shine tests positive for tuberculosis」
(The Oregonian 2017年4月20日付)によると、
PackyとPetの娘、.Sung-Surin(Shine)も、
結核の検査で陽性と出たそうです。

今のところ症状はでていないようなので、
群れから離して治療を行うとのこと。

日本では、福山市立動物園で飼育されている
ボルネオゾウのふくちゃんが結核と診断され、
現在闘病中です。

国内での治療例がないとのことですが、
300キロ近く減った体重は、ほぼ元に戻っているようです。

ゾウは嗅覚が優れているので、エサに混ぜても
薬のニオイなどに気づくと食べないこともあるようで、
ふくちゃんの飼育員さんもいろいろ試行錯誤されているようです。

闘病の様子は、福山市立動物園の公式ブログなどで公開されています。


オレゴン動物園のゾウについて、次回も続きます。

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2017年9月 2日 (土)

オレゴン動物園での「繁殖」と「安楽死」 その1

前回の続きです。

オレゴン動物園で飼育されているゾウについて調べていたら、
安楽死が多いことに驚きました。

今年の2月にも、オスのPacky(54歳)が安楽死させられました。

Packyは、西半球で44年ぶりに誕生したアジアゾウの赤ちゃんとして、
当時、とても話題になったようです。

Packyは1962年に、
オレゴン動物園で誕生した最初のゾウで、
父親はThonglaw、母親はBelle。

Packy誕生のおよそ半年後、
Rose-Tuの母親Me-Tu(父Thonglaw、母Rosy)、
翌1963年には、Dino(父Thonglaw、母Pet)と、
Hanako(父Thonglaw、母Tuy Hoa)が誕生。

アメリカ生まれなのになぜHanakoという名前なのか、
これまた気になったので調べてみたところ、
ポートランド市と札幌市の姉妹都市交流で、
札幌南小の生徒が「花子」と名付けたそうです。

「札幌・ポートランド姉妹都市提携55周年記念誌」(2014年)
「姉妹都市交流のあらまし」部分の年表、1963年11月にも
ちゃんと書かれていました。

話を戻しますが、オレゴン動物園は、Packy誕生以降、
50年ほどの間に25頭以上の赤ちゃんゾウを誕生させています。

しかし、1歳になる前に死亡しているゾウも多数いて、
その要因の1つが、近親交配と言われています。

KOIN6の「Why Oregon Zoo wants to breed elephants」
(2015年5月3日付)という記事によると、

Packyは、母親違いの妹である
Me-Tu、Hanakoとペアになり、
複数の赤ちゃんを誕生させています。

例えば、Hanakoとの間に、
1976と1978年に赤ちゃんを誕生させていますが、
いずれも1ヶ月前後で死亡しています。

1978年にはMe-Tuとの間にも
Khun-Chornというオスが誕生しましたが、
2歳になる前にDickerson Park Zooへ移動。

Khun-Chornは2016年1月まで生きていましたが、
繁殖の機会はあったものの、
赤ちゃんの誕生には至らなかったようです。

ちなみに、Packyの父親であるThonglawも、
娘であるMe-TuやHanakoとペアになり、
赤ちゃんを誕生させていますが、
やはりすぐに死亡してしまったようです。

1973年に誕生したStretchというオスは
フロリダへ移動となったようですが、
その後の情報をKOIN6は入手できず、
園に問い合わせても「Stretchに関する情報は
持っていない」という返答だったようです。

血統台帳でも「LTF(Lost-to-Follow-Up)」となっています。
そんな無責任なことが、あってよいのでしょうか。

25頭以上の赤ちゃんが誕生していますが、
「Free Oregon Zoo Elephants」が公開している資料によると、
サーカスへ移動となった個体もいたり、
動物商に売られた(?)後、10歳前後で死亡している個体も
けっこういました。

さらに数年前には、小柄なボルネオゾウのChendraと
Tuskoという大きなオスとのペアリングまで計画されていたようです。
(Tuskoは、SamudraとLilyの父親)

Chendraは、アメリカで飼育されている唯一のボルネオゾウで、
同種のペアリングができない状況にあります。

亜種の問題もありますが、
3倍近い体重差があるオスとのペアリングは虐待であると、
番組内でも問題視していました。

Tuskoは2015年12月に安楽死させられたので、
このペアリングは実現しなかったと思われます。

長くなったので、続きは次の記事で。


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2017年9月 1日 (金)

育児を見たことがないゾウの出産 その3

前回の続きです。

Rose-Tuについて調べていたら、
オレゴン動物園で起きた衝撃的なことがいろいろとわかりました。

Rose-Tuは1994年に誕生しましたが(母親はMe-Tu、父親はHugo)、
実は双子だったそうです。

Rose-Tuが生まれた8時間後に、
もう1頭の赤ちゃんが生まれたのですが、1時間後に死亡。
ゾウの双子というのはとても珍しく、
北米の動物園ではRose-Tuの時が初めてだったようです。

Me-Tuの育児についてはわからなかったのですが、
Rose-Tuが17ヶ月のときに死亡しています。

死因を調べると、足の病気だったようですが、
どうやら安楽死させられたようです。

オレゴン動物園はかなりの数、安楽死を行っているようで
IN DEFENSE OF ANIMALSが選ぶ
「List of 10 Worst Zoos for Elephants」にも入っています。
この件については、次の記事にまとめたいと思っています。

IN DEFENSE OF ANIMALSのサイトにあった
「Two Oregon Zoos Shamed on List of 10 Worst Zoos for Elephants」
という見出しの記事を読んでいたら、
もう1つ、衝撃的なことが書かれていました。

Rose-Tuは、5歳のときに飼育員から虐待を受けていた、
というのです。

さらに詳しく調べてみると、「The Rediscovery of the Wild」
という本がネットで一部見られたのですが
124ページに目を疑うようなことが書かれていました。

「the keeper swore at her,and stuck an ankus
into her anus and pulled hard」

あまりにヒドくて日本語の文字にしたくないので、
原文のまま引用しました。
「ankus」は、ゾウの飼育員さんが使う「手かぎ」です。

本当なのか疑いたくなる内容なので、
さらに調べてみたのですが、複数の記事で確認でき、
↓の動画でも取り上げられています。

2015年に、KOIN6というテレビ局で放送された番組のようです。

「手かぎ」の使用に関する内容ですが、
Rose-Tuのことも取り上げられていて、当時
警察に提出された書類も出ているので事実なのでしょう。
「Elephant bullhook: Insurance, weapon or both?」という見出しで
動画のテキスト版もあります。

Rose-Tuの件が、オレゴン州の動物虐待に関する法律を
変えるきっかけにもなっています。

虐待の現場を見ていた飼育員もいて、
Rose-Tuが5歳から6歳にかけて、
長期的に行われていたようです。

この飼育員は手カギを使うことにとりつかれていて、
普段から過度に使用していたので
何度も忠告されていたようですが、
この事件が起きるまで、
園としては対応をしていないと思われます。

この日も、30分以上も手カギで傷つけたりしていた、
とありましたが、見ていた飼育員は
なぜ止めなかったのかも疑問です。

さらに、この事件が起きた後、
2日経ってからようやく獣医が診察したようです。
170箇所以上の傷があったのに・・・。

KOIN6の取材に対しても、園は公式的な発言は
拒否したとのことなので、深い闇を感じます。

この後、この飼育員は解雇されたようですが、
こんなヒドイ仕打ちを受けたら、
Rose-Tuは、他の飼育員にも
心を閉ざしてしまったのではないかと思いますが、
そのあたりのことはわかりません。

幼少期に受けた虐待が、
最初の出産のとき、赤ちゃんに対して攻撃的になったことに
関連していると書かれた記事もありましたが、
そうなっても仕方のないトラウマで、
むしろ、よく育児ができるようになったと思います。

次回、オレゴン動物園で行われた「安楽死」についてまとめます。

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2017年8月31日 (木)

育児を見たことがないゾウの出産 その2

育児を見たことがないゾウの出産について調べてみたら、
オレゴン動物園での例がありました。

主に、「Pachyderm Pending Oregon Zoo Elephant Birth
Expected in Late 2012」から情報を得ています。

2008年8月23日に、Rose-Tu(14歳)がオスの赤ちゃんを産みました。

しかし、この動物園では1994年にRose-Tuが生まれてから、
赤ちゃんが1頭も誕生していなかったので、
「赤ちゃんの誕生」を一度も見たことがなかったRose-Tuは、
赤ちゃんを踏みそうになったそうです。

飼育員さんは慌てて赤ちゃんを移動させ、
一旦、母子を引き離しました。

Rose-Tuは、赤ちゃんを蹴ろうとするなど、
攻撃的にもなっていたようです。

8月23日に誕生したときの動画。

誕生した瞬間には、他のメスも一緒にいますね。
これは、他のメスが妊娠したときに困らないように
「赤ちゃんの誕生」を見せるためでしょうか。

後半、赤ちゃんにチューブが付けられていますが、
「Zoo's baby elephant is fine despite mom's attack, officials say」
(The Oregonian  2008年8月24日付)という記事によると、
哺乳瓶ではうまくいかなかったようで、
チューブを通して直接胃にゾウ用のミルクを入れたとのこと。

さらに、同記事によると、母子を一旦分けた後、その日の夜に2度、
Rose-Tuは繋いだ状態、赤ちゃんもストラップを付けた状態で、
同じ部屋に入れてみたようです。

1度目は、出産直後と同じように、Rose-Tuは攻撃的な態度を取りました。
2度目は、Rose-Tuの態度が少し変わったようですが、
まだ、それが母性なのか攻撃なのか飼育員にもわからない状況だったようです。

そして、2頭の直接的な最初の接触は、翌日の午後に見られ、
Rose-Tuは鼻で赤ちゃんに触れ、お乳を飲もうとする赤ちゃんを受け入れたそうです。

飼育員たちはその後も注意深く、「reintroduce」を続けました。
人工哺育の成功例はあまりないので、
この赤ちゃんが生き残るために、
なんとか母親に育てさせようとしたようです。


8月26日に公開された動画です。
もう穏やかになって授乳もできているように見えます。

2/3はRose-Tuの母乳、1/3はゾウ用のミルクを与えたようです。


8月29日に公開された動画。

柵越しに他のメスとも対面させたようです。

その後、赤ちゃんはSamudraと名付けられ、今年の8月で9歳になりました。


2017年6月30日に公開された動画。

そして、2012年にはSamudraの妹、Lilyが誕生しました。

2度目の出産はとても穏やかで、攻撃的な行動はなかったそうです。

「Pachyderm Pending Oregon Zoo Elephant Birth
Expected in Late 2012」は出産前に書かれていますが、

出産の際には、Rose-Tu がリラックスできるように
他のメスやSamudra とコンタクトをとれるようにしておく、とありました。

出産経験がないメスだとしても、
ゾウ仲間として近くにいてくれることが
ゾウの出産にとっては重要なポイントになるように思われます。


2013年8月23日に公開された動画。
仲良く遊ぶSamudraとLily。

結希君が産まれたとき、ズゼさん(王子動物園)にも
「reintroduce」をしたようですが、うまくいかず断念しました。

人工哺育に成功することを目指すより、
やはり、「reintroduce」に成功して母親に育ててもらうのが
一番よいと思いますが、
「reintroduce」が成功するかしないかは、
性格や育った環境などにもよるのでしょうか。

ズゼさんは生後3ヶ月で母親と死別したことなどが
トラウマになっているかもしれませんが、
Rose-Tuにはもっと衝撃的な出来事があり
大きなトラウマとなっていると思われます。

衝撃的な出来事については、次の記事で。

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